中日ドラゴンズの本拠地であるナゴヤドームの最終戦の試合後、
立浪和義選手の引退セレモニーが行われた。
あの立浪が引退。
どうりで自分も年を取るわけだ。
私にとっては(中ちゃんにとっても)、立浪選手はいつまでも「若手」というイメージが拭えない。
それはきっと、立浪選手の童顔によるだけでなく、
立浪選手のプレイを入団時から見ているからだろう。
MLBロサンゼルス・ドジャースを模したあのユニフォーム。
ナゴヤ球場。
光GENJIのガラスの十代を模したヒッティングマーチ。
そんな光景が脳裏に浮かぶ。なにもかもが懐かしい。
若手の立浪選手は、
遊撃手から、いつの間にか左翼手になり、三塁手になり、ベンチを温めるようになり。
2番や1番打者から、3番や5番を任される中軸打者になり、
ときには4番打者を勤め、そして代打の神様になった。
大きな怪我もないまま、常に必要とされる選手であり続け、
気がつけば2000本安打を達成し、通算二塁打数の日本記録を樹立した。
中日ドラゴンズ一筋22年。
ミスタードラゴンズ。
立浪選手は、今後、指導者として活躍の場を変えるだろうけれど、
ファミスタばりのあの高速バット戻しをもう見ることができない思うと、寂しさばかりが込み上げてくる。
立浪和義選手、永らく楽しませていただきありがとうございました。
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